コラム「この先生にきいてみよう」
馬に乗るまでは牛に乗れ
足立 高弘(理工学研究科創造生産工学コース 教授)
頂角を下にした円すいを水に浸し回転させると水はどのような動きをするでしょうか? 私は、この質問を大学初年次の学生から偉い先生まで、たくさんの人に質問してきました。回転している円すいに水が触れるとスプリンクラーのように水が飛び散る。あるいは、円すいが回転しているので、水も一緒に回転して洗濯機のようになって、回転の中心がへこむだろう、などの意見が素人から専門家までほぼ一致した見解です。ところが、実際にはそうはなりません。実際には、水が円すい外表面に沿って登ってきます(水を持ち上げることを揚水といいます)。図1(a)、(b)は、水の場合に回転円すい周りの揚水流を高速度ビデオカメラを用いて可視化した写真です。この写真や動画を見せると、専門家の偉い先生も皆さん不思議ですねと言ってくれます。物理現象は本当に不思議です。
詳しく説明すると、図は円すいの回転数を1分間に0 から6000回転程度まで徐々に変化させた場合の様子を示しています。円すいが回転し始めると、水に作用する遠心力の斜面上向き分力の効果により図1(a) のように水面が持ち上がります。でも、この時点では回転数が小さいため、それ以上液が上昇することはありません。さらにもっと回転数を大きくすると、図1(b) のように持ち上がった水面位置が高くなり、半径方向に変形し飛び散ります。その後、円すい外表面には、均質な薄い液膜流が形成されます。
さて、液膜流がさらに上昇するとどうなるでしょう? 円すいの半径が増大するので膜厚がより薄くなります。そのため膜状流は膜の状態を維持できず、図1(c)に見られるように円すい底部の縁で微細な粒に砕けて液滴となって周囲に噴霧されます。まだまだ、不思議なお話が続きます。ここまでのお話は、円すいを「水」に浸けて回転させたときに見られる現象についてでした。ところが、液体の粘性(ネバネバ度)が大きくなると事態は一変します。ネバネバの液体とは、例えば唾液のようなものです。このような液体には「えい糸性」という性質があって、ビヨーンと伸びようとします。この影響によって、水の場合には液滴として噴霧されていた液が、ビヨーンと伸びて液糸の形態で揚水され周囲に噴霧されます。
図1(d)は、PVA(ポリビニルアルコール,繊維の原料、ノリみたいなもの)を水に混ぜ、水よりも粘度を大きくした場合の糸状揚水の様子を示しています。糸状揚水では、液糸の筋が円すいの周方向に規則的に現れ、円すいの外表面を円すい底部の縁まで上昇します。そして、揚水された糸状流は液糸として周囲に放出されます。
私は、この液糸の生成に着目し研究を行っています。この現象は、お祭の屋台でよく見かける、綿菓子を作る機械に似ていませんか? この仕組みを利用すれば、円すいを回転させるだけで簡単に液糸を作り、円すいの回転数の大小によって液糸の太さや密度を調整することができます。そして、綿菓子を割り箸で集めるように液糸を掻き集めれば、不織布という布の製布が可能となります。不織布とは、規則正しく織った布ではなくて不規則な糸の集まりでできている布のことです。身近なものでは、マスクがこれを用いています。私は、この方法での不織布の製造に関する特許を一つもっています。この他にも、円すいを回転させる際の水の動きを利用して、水質を浄化する機構の特許も持っています。さらには、この現象を利用して潜水艦の姿勢制御が出来るぞ、と言ってくれた先生もいます。
最後に皆さんに伝えたいことですが、実はどうしてそんな現象が起こるのかはよく判っていません!? えっ、そうなの?? 世界の誰も判っていないでしょう。だって、私が一番この研究をしている人だから。特許まであるのに? もちろん、何故だろうと日々研究に取りくんでいます。でも、すぐにはわかりません。一方で、この現象は簡単に起こります。現象の基礎的な解明と並行して応用の方に力を入れて取り組んでいます。何でもそうだと思いますが、判ってから行動するよりも、判る前に行動し、行動しながら考えるのが物事を前進させる良い作戦だと思います。英語が話せるようになったら外国に旅行してみよう、と考えていてはなかなか外国に行けませんね。外国に行っている途中に英語を身に付けよう、と考える方が良い作戦ではないでしょうか! 毎日、少しでも新しい未来が開ける行動を取りたいものです。
図1
足立 高弘先生