地域に寄り添って認知症予防に取り組む
地域生活に基づく生活リズムを捉える
秋田県の高齢者率は全国一位となっており、要支援や要介護認定を受けている方も増加傾向にあります。久米教授は作業療法士として精神科病院に勤めていた頃から、認知症の方が徐々に増えていると感じていたといいます。現在は認知症ケアを専用とする入院加療ができるようになりましたが、やはり認知症自体の予防が秋田県においても喫緊の課題であると捉えています。
金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网着任後、久米教授は地域の認知症やフレイル状態(心身が脆弱となる状態)を予防するための研究、そして認知症に移行した方々が自分らしい生活を維持?獲得していくためのウェアラブル端末データからみた生活リズムを研究しています。
ウェアラブル端末データからみた生体リズムの解析
腕時計型の活動量計
作業療法士がリハビリテーションを行う際、治療目標に「生活のリズムを整えること」をあげています。私たちは仕事や家事など日中の時間には活動を行い、夜間は睡眠をとって休息するという流れで気活動と休息のメリハリをつけて生活しています。しかし、うつ病を含む精神疾患のみならず、認知症の方の生活リズムは崩れている方が多いと指摘されています。
そこで久米教授は高齢期の生活リズムの特徴を調べるため、睡眠や身体活動のパラメータを知る上で有用なデバイスである腕時計型の活動量計を装着してもらい、生活リズムのデータを取ることにしました。このデバイスは睡眠分析に特化し、手軽に夜間の睡眠量と睡眠の質、日中の身体活動量を1週間以上、最大3カ月間連続計測できます。
解析の結果、認知症の方には夜間頻繁に起きたり徘徊したりという不穏状態による生活リズムの乱れや、朝方の早期覚醒、日中の居眠りや身体活動量の低下に応じて夜に眠れなくなる傾向があったそうです。さらに、生活リズムが悪化している人はその先の生活能力も低下しやすくなるということが明らかになりました。
認知症における周辺症状のうち、不穏状態が強い方に対する介護ケアでは主介護者は心身的な負担感を感じやすいと言われていますが、認知症の方の生活リズムに対して作業療法士や看護師などを含む専門職や主介護者またはご家族が適切に介入することで、不穏状態を含む心理行動症状の軽減が認められています。
つまり、生活リズムを整えることが認知症の方も介護者も健常者も共生できる社会を構築するベースとなり、認知症の症状軽減にも繋がっていくのです。
生活リズムを整えよう
起床後に光を浴びることが1日のスタートにはとても大切だと言われています。私たちは1日を24時間で生活していますが、実は体内時計は約24時間+αの周期で動いていて、光を浴びることで体内時計を調整しているそうです(サーカディアンリズム(概日リズム))。加えて、日中浴びる光には睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌との関連も深く、夜の睡眠と日中の覚醒のリズムが整ってくるのです。
しかし秋田県の気候や地形が影響して日照時間が短いというデメリットがあり、これが生活リズムや心身機能に影響を与えているのではと考えられています。サーカディアンリズムに関する研究は高緯度のヨーロッパ地域で進んでいますが、疾患を持っている方や認知症の方、フレイルの方の場合サーカディアンリズムはどうなっているのか、日照時間が短い秋田県ではどのような結果が出るのかを久米教授は前述したデバイスで検証しています。
生活リズムに影響を与えるためには、生活環境を整えることも重要です。久米教授は産学連携で地元企業と共にグループホーム施設で照明、生活音、香りを利用した研究も行っています。
日の出と共に照明を明るくし、日の入りと共に暗くなるようにすると生活リズムを整えられないかという検証で建築関連の企業と連携しています。
認知症の方がより快適な生活空間の中で暮らし、生活環境の整備によって認知症の周辺症状が軽減されるならばそれを推奨することができます。そして認知症予防を目的とした生活環境の整備は、一般の方に対しても研究の展開を図りたいと久米教授は言います。
各世代で取り組める認知症予防
認知症予防は何歳から取り組めるのでしょうか。近年の研究ではライフステージによっては若年層から取り組みができるとその一部が示されているそうです。写真のように、教育歴はリスク因子と関連があり、若年期から「探究心を持って意欲的に学ぶ」ことが重要なのです。
中年期になり耳が聞こえづらくなると、次第にコミュニケーションが取ることが難しくなり認知症リスクも高まります。そしてこの年代に多く現れる高血圧、糖尿病、肥満などの生活習慣病も認知症の危険因子となっており、日常生活における適度な身体活動を継続することはとても大切です。
高齢期になると喫煙や鬱、運動不足、社会的孤立などの危険因子があります。しかし、この写真からも見て取れるように認知症の危険因子の35%は予防可能なもので、特に前述した鬱、運動不足、社会的孤立に対して早い時期に介入することは特に重要視されています。例えば、地域における「通いの場」は早期介入するためのとても大切なコミュニティ活動になります。
「自身ができる認知症予防の取り組みも年代別ごとにあることを知ってもらうことで、少しでも認知症のリスクを減らすことができます。運動の介入だけでなく、何歳になっても学ぶ姿勢は生きがいにもなりますし、よく考えるようになるので、学びたいという意欲をいつまでも持ち続けることは大事なことだと思います」と久米教授は言います。
都市型の予防活動を地域でもできるようにするには
コグニサイズを活用した健康コミュニティづくり
金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网では「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」の一環として認知症予防運動プログラム「コグニサイズ」を活用した健康コミュニティづくりを継続しています。「コグニサイズ」とは、国立長寿医療研究センターが考案したコグニション(認知課題)とエクササイズ(運動課題)を組み合わせた運動法です。当該活動を通して同運動プログラムの効果を科学的に検証するだけでなく、「生活リズムを構築する」という作業療法が持つ専門的視点を応用し、地域住民に対する教育活動を実践しています。
実際に地域で暮らしている事例(認知症やフレイルなど)の活動と休息のリズムに関するデータを解析しながら、作業療法が地域の予防事業へどう参画できるかを検証しています。
地域に対応した認知症予防事業に取り組む
秋田市には18ヶ所の地域包括支援センターが設置されています。久米教授は認知症予防事業として秋田市の担当課や地域包括支援センターと連携しながら、身体?認知機能検査や、夜間睡眠の測定と並行して認知症予防運動プログラム「コグニサイズ」の介入に取り組んでいます。
約3カ月~半年の期間で運動介入前と後の測定を行いどのような効果が見られるかを検証します。「コグニサイズ」の発祥地、愛知県で出されている足腰の運動能力、言語の記憶力や情報処理能力の向上ついて秋田県内の取組みでも同様の結果が得られており、都市部でおこなわれている予防的介入方法が秋田県でも応用できることが示唆されました。
介入効果の検証を通して、「よく眠れるようになった」「膝の痛みが軽減した」などの声が聞かれた一方で、特に運動に対してやや苦手意識をもつ方では「コグニサイズ」の介入効果に個人差が見られたといいます。そこでエクササイズとグループワークを組み合わせた秋田版の介入方法を考案することとなりました。
グループ内のコミュニケーションを活かした秋田版コグニサイズ
認知症には居場所や季節がわからなくなってしまう見当識障害という症状があり、認知症の症状軽減やコミュニケーションの促通を目指す現実見当識訓練(リアリティオリエンテーション)という介入法があります。秋田版コグニサイズでは、このリアリティオリエンテーションという集団作業療法で活用されるグループワークを取り入れることにしました。
例えば、認知課題として秋田の特産品や地名、情報等を連想ゲームに取り入れ、ステップ昇降運動や足踏み等の運動課題も同時に行います。運動後には、認知課題の中で披露された内容にまつわるエピソードを語ってもらいます。秋田版コグニサイズでは、オリジナルプログラムと同等の効果が得られたのみならず、言語の記憶能力において秋田版コグニサイズにより高い効果が得られたそうです。
この結果を振り返った久米教授は「自ら言葉を表出することは大事ですし、対象者も主体性を持ち自ら積極的に参加する傾向が見受けられました」と語り、認知症予防事業として地域特性を活かした取り組みができることを発表し、この成果は老年精神医学の国際誌(Kume Y, et al. Effect of a multicomponent programme based on reality orientation therapy on the physical performance and cognitive function of elderly community-dwellers: a quasi-experimental study. Psychogeriatrics. 23(5):847-855, 2023. doi:10.1111/psyg.13008)に掲載されています。
秋田県の地域高齢者の中には交通事情により公共施設へ頻繁に通うことが難しい場合があり、都市型予防事業の方法がそのまま応用できないという課題があります。そのため、予防教室の開催頻度は2週に1回と無理なく通えるようにしつつも、在宅でも続けられる運動実践やコグニサイズに関する資料を手渡し、秋田の地域特性も考慮しながら取り組む必要がありました。久米教授は、この秋田モデルの実践方法を東北各地でも拡大できるよう繋げていきたいと言います。
2022年~2023年の調査結果では、参加者420名のうち約21.7%が軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)という認知症予備軍に分類されたそうです。MCIは早期発見?介入によって健康な状態に改善できる状態であり、予防事業を通して改善された参加者もいます。しかし、予防教室への参加を中断され、MCIの状態からさらに悪化が予想される対象者に対しては地域包括支援センターから認知症初期集中支援事業へ繋げていくことも大切です。久米教授は、地域の取り組みが医療と連携できるよう橋渡しの役割も担っています。
深く知ることは新たな発見がたくさんある
久米教授は、医療?保健福祉の領域のみに留まらず、官民連携まちづくりを進めながら包括的な予防的介入と認知症の方が暮らしやすい共生社会を作りだすことが今後は必要だと考えています。秋田県は少子高齢化であることをネガティブに捉えられがちですが、逆に地域ならではの新たな産業が生まれたり、新しいものを生み出したりできるチャンスが沢山あるという強みになるのです。他都道府県の市民公開講座や関連学会での講演を通して、秋田県における認知症予防の取組みは情報発信され、この秋田モデルが他県でも注目されています。
金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网医学部には海外研修制度があり、タイ、オーストラリア、ベルギーなど研修先の選択肢も多く、渡航費も同窓会や後援会が一部負担してくれる支援制度も充実しています。金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网にはこうした様々な支援や国内外の教育、体験ができる環境が備わっています。学生個人が知的探求心を持っていれば、秋田で学びながら秋田の特色をさらに深く知れることが金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网の一番いいところだと久米教授は言います。
「なりたいと思ったものに関しては諦めずにそして妥協せずチャレンジしてほしいです。そして探求する気持ちを強く持ち、探求した先で得られる発見や様々な人との出会いに楽しみを見つけてもらいたいですね。ネガティブな部分は見方を変えると強みになることがたくさんあり、皆さんに秋田のことをもっと知ってほしいです。探求した先で良いところをたくさん発見でき、いつしかそれが皆さん自身の人生の生きがいとなるはずです」
私たちは認知症を身近な病気として捉え、症状を理解しながら共に歩んでいく気持ちが必要だと感じます。認知症やフレイルを含む予防事業に参画する研究者として秋田県内のあらゆる地域に赴き、たくさんの出会いにやりがいを感じるという久米教授。いつも柔和な雰囲気で話を聞き入れてくれる久米教授の表情は優しい笑顔で溢れていました。認知症の方たちを支え、共生していく地域づくりのためにこれからも久米教授の研究は続きます。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです