温泉がもたらす睡眠効果を探る
現場から見えた課題と非薬物的療法の可能性

近年、多くのメディアでも特集が組まれるようになった「睡眠」。睡眠は、心身の疲労を回復させ、記憶の整理や自律神経の調整など、さまざまな重要な役割を果たします。そのため、生活には欠かせないものです。しかし、なかなか眠ることができずに睡眠薬に頼るという人も少なくありません。
上村准教授が睡眠の研究を始めた背景には、かつて経験した現場での出来事があります。当時東京の病院で理学療法士として勤めていた上村准教授は、複数の睡眠薬を処方された入院患者が薬の副作用でリハビリができなかったり、筋緊張が落ちて転倒のリスクが高まる状況を目の当たりにしていました。
こうした経験から上村准教授は睡眠薬に対して慎重な姿勢を持つようになり、その副作用やリスクについて金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网大学院医学系研究科精神科学講座で研究を行いました。そして、睡眠薬に代わる非薬物的療法はないだろうかと模索し始め、温泉の強い温熱効果とリラックス効果に着目したことが現在の研究に繋がっています。
温泉入浴が睡眠に与える影響

金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网産学連携推進機構HPに掲載されている上村准教授の研究シーズ
入浴後は深部体温が一気に上昇し、その反動で深部体温が低下するときに眠気が生じるため、入浴が睡眠に良い影響を与えることは広く知られています。そこで上村准教授は、一般的な入浴よりも温泉の方がより身体が温まりやすいのではないかと考え、秋田市にある秋田温泉さとみの塩化物泉、人工炭酸泉、さら湯、そして入浴しないという4つの条件で実験を行い、睡眠の効果を検証しました。
健常者を対象に、それぞれ15分間入浴した際の深部体温の変化や睡眠時の脳波を比較した結果、塩化物泉と人工炭酸泉が深部体温の上昇から低下が顕著に表れ、良い睡眠を得られることがわかったのです。
当時は温泉の効能に関する研究や温泉と睡眠との関係は医学的にも証明されていなかったと言います。上村准教授がこの結果を発表すると、各所から温泉を用いた共同研究の依頼がありました。
モール泉と農業従事者の疲労回復

秋田県大潟村は県内でも農業が盛んな地域です。また、大潟村には全国的にも珍しいモール泉(有機物を多く含む温泉)を有する温泉施設があります。上村准教授は現在、大潟村の農業従事者の疲労回復を目的とした温泉の効果を検証するため、このモール泉を用いた共同研究を進めています。
研究の第一段階として、18名の農業従事者の活動量と睡眠時間、血圧、主観的疲労度をウェアラブル端末で計測を行いました。すると、健常者の平均と比べて総睡眠時間は短く(354分vs391分)、農繁期である田植えの時期(4~6月)は特に短くなり、歩数も増加(13,930歩vs7,856歩)、平均血圧も上昇しているという結果が得られたそうです。
同時に、上村准教授は疲労が増加する農繁期は身体的にも精神的にも睡眠にマイナスな影響を与えている可能性があると考察しました。この結果を踏まえ、今後はモール泉による農業従事者の疲労回復効果を検証する介入研究を計画しています。
入浴剤で冷え性は改善されるのか?

上村准教授はバスクリン社との共同研究も行っており、2023年には冷え性に効くといわれる入浴剤「きき湯」の効果検証を実施しています。
重度の冷え性である被験者26名を対象に、「入浴剤のみを使用するグループ」と「入浴剤に加えて運動を行うグループ」 の2つに分け、毎日1か月間実施してもらいました。その後、冷え症の程度を表す「冷水負荷試験」を用いて入浴剤の効果と運動がどのように影響するかを調べました。
すると、入浴剤を使用した被験者全員に体温の回復改善が見られ、健常者との比較データからも1ヵ月で被験者が健常者と同等の体温回復を示すことが確認されたといいます。また、運動を併用した場合は効果がより高まっていることもわかりました。併せて被験者からは睡眠の質が向上したとの報告も得られています。
冷え性の方は血流が悪く血管が収縮することで手足が冷え、入浴後でもうまく放熱されず深部体温が下がりにくいため、寝つきが悪かったり眠りが浅かったりするなどの不眠に陥りやすい傾向にあります。入浴剤を使用したことで深部体温が適切に上下するようになったことから、上村准教授はこれらの研究を通じて、温泉や入浴剤が持つ可能性とその科学的根拠を明らかにすることで多くの方の健康や睡眠改善に役立てられると考えています。
睡眠の質向上のための研究
スーパーホテルとの共同研究
スーパーホテルは日本全国に展開するビジネスホテルチェーンで、「天然温泉」「健康朝食」「快適な睡眠環境」などを特徴としており、どの施設にも天然温泉、もしくは人工炭酸泉が設けられています。上村准教授はその温泉の効果を検証する依頼を受け、今後検証を行う予定です。
検証は大阪で行われるため大阪の被験者を募ったところ、外国の方々も多く参加表明をしてくれたそうです。国際的な視点からもデータを収集できる貴重な機会ともなっており、上村准教授は「今後の研究からスーパーホテルが提供する温泉と眠りの質の向上に貢献していきたい」と言います。
運動による睡眠改善の効果検証

年齢とともに眠りが悪くなることを感じる方は多いのではないでしょうか。上村准教授は学生と共に高齢者の方々の睡眠改善に関する研究も行っています。
夜間に眠れずに騒いでしまう高齢入院患者に対して、「日中のリハビリでもう少し疲れを促し、眠れるようにしてほしい」といった現場の要望が多く寄せられている一方で、リハビリを行うだけで眠りが改善するのかという検証はこれまで行われていないといいます。
この研究では、50歳以上の金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网内の教員にウェアラブル端末と学生が作成した運動動画を配布して、眠る2時間前にその動画を見ながら運動してもらうことで睡眠がどう変化するかを検証しています。睡眠前に軽い運動をすることで深部体温を適度に上昇させ、その後の体温低下で入浴時のように自然と眠気を誘う効果が証明できることを期待しているそうです。
「体温の変動が不十分だと深い眠りが得られにくいので、適度に体温を上げることが大切です。体温のリズムが改善されると、脳波も良い状態が期待できると考えられ、今後の結果が楽しみです」
金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网の研究支援制度の取り組み

金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网では、出産や育児、介護などによって研究時間の確保が難しい研究者を金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网生がサポートする「研究支援制度」が整備されています。上村准教授の元にも選ばれた2名の研究支援員が在籍し、研究がスムーズに行えるように手助けをしています。上村准教授にとっては信頼できる学生にサポートしてもらうことで忙しい時でも安心して研究を進めることができ、学生にとっても学業と両立しながら実際の機器の操作やデータの加工方法などを学ぶことができる貴重な機会となっているそうです。
「これは非常にありがたい仕組みだと感じています。私自身研究活動を続ける中で、親の介護のためできるだけ週末は仕事を入れずに実家に行くなどの時間が必要となります。そのような状況の中でも、研究を続けられる環境が整っていることには感謝しています」と上村准教授は言います。
こうした取り組みは、教員も学生もお互いにメリットとなり、研究を継続できる環境を提供することで、多くの研究者が活躍できるようになっています。
より多くの人が眠りやすくなる世界を目指して

睡眠ブームである現在、テレビでは睡眠学会に所属する著名な先生方が出演し、さまざまな専門的知識を伝えていますが、上村准教授の温泉と睡眠に関する研究記事もいくつもの国内の学術誌やメディアに取り上げられています。薬を使わずに自然な形で眠りを促す方法を模索する中で、温泉に着目したこれまでの研究は上村准教授にとっても重要な一歩となりました。
「温泉が睡眠に与える影響についてのエビデンスを確立できたことや、研究が広く知られるようになり、理解が深まるきっかけとなったことはとても嬉しく思っています。今後も新しい研究に取り組み、さらに多くの人に役立つ知見を提供していきたいと考えています」
また、上村准教授は心理学の資格も持っており、週に一度スクールカウンセラーとして活動しています。その中で以前から心理士や理学療法士の方々が患者さんに寄り添いながら働く中で抱える精神的な負担や課題にも注目しており、温泉や入浴の身体的?心理的な効果を含め、医療従事者の疲労やメンタルヘルスの研究も行っていきたいと言います。
上村准教授は自身の研究以外にも、前述した著名な先生方をはじめ、多くの研究者から知見を得ながら研究を深めています。今後も温泉の持つ可能性を科学的に解明し、睡眠の質を向上させるだけでなく、心身の健康全般に役立てることを目指す上村准教授の多くの研究は、人々の生活の質を向上させる大きな一歩となるかもしれません。
研究支援員の学生の声
理学療法学専攻 4年次
小太刀 理子 さん
私は、研究で得たデータをエクセルにまとめて加工し、先生からの依頼に応じて分かりやすく丁寧にまとめることを心がけています。研究支援員として機械操作や実験機器の扱いといった技術的な作業も任されており、責任感を持って取り組んでいます。
温泉の研究に携わる機会をいただいたことは非常に興味深く、やりがいを感じています。特に、Yバランス検査やランダムに点灯する明かりを利用したテストなど、実験の一部を担当させていただく中で、責任感がより一層高まりました。
年間で選抜される人数が限られている中、研究支援員として選ばれたことは非常に光栄であり、誇りを感じています。先生のサポートを通じて、自分自身も多くのことを学び、成長の機会をいただいています。
授業や研究との両立に関しても、先生方のご配慮のおかげでスムーズに進めることができています。活動を通じて研究や実験への理解が深まり、自分のスキルや知識の向上にもつながっているため、非常に有意義な経験だと感じています。
理学療法学専攻 4年次
野﨑 瞭 さん
研究で得たデータを整理し、エクセルファイルにまとめる作業を分担しながら行っています。また、実験では機械を扱ったり、データを取得したりと作業は多岐にわたります。
金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网で温泉の研究に関わることができるのは上村先生の研究室だけなので、とても魅力的です。ほかでは学べない貴重な経験を積むことができると思います。
私自身も実際にさとみ温泉で炭酸泉に入り、肩こり解消などの効果を研究にも活用しました。炭酸泉と普通のお湯では感覚がまったく異なり、効果も感じられたと思います。また、卒業研究でも使用する筋肉を計る機械を実際に研究支援員として扱う機会があり、大変勉強になりました。
研究支援員の制度は、育児や介護と両立しながら研究を続ける方々を支えることを目的としていて、私たちは支援員として先生の右腕となり、研究が円滑に進むように努めています。活動は自分の授業に支障のない範囲で行うことができ、上村先生をはじめ、周囲の方々の支援も手厚いため、安心して働ける環境だと感じています。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです