地域食資源の活用でオンリーワンをめざす
秋田県の地域食資源の有効成分と機能に着目した研究
秋田県には、きりたんぽや稲庭うどん、いぶりがっこ、日本酒など全国的に知られている地域に根ざした食文化があります。しかし、秋田県の食品製造品出荷額は低位となっており、東北でも最下位の現状にあります。つまり、米などの一次産品の農業産出額は多いものの、それを加工して高付加価値な商品として販売する産業が弱いということです。また、人口減少や高齢化による需要の減少による事業の継続なども課題となっています。
池本教授は地域で昔から食されてきた地域食資源や未利用の食材、廃棄される食材など秋田県の地域食資源を活用し、その有効成分や機能に着目して明確化することで付加価値の高い健康食品や化粧品を開発し、それらを通じて地域経済の活性化に繋げる研究をしています。
秋田県の食品産業の現状について
秋田県食品産業の状況
秋田県食品産業の状況のグラフを見ると、食品製造品出荷額は全国44位、東北6県でも最下位となっています。さらに秋田県の人口は青森県や山形県と比べて1~2割程しか違わないにも関わらず、食品製造品出荷額は3倍も違うことがわかります。
池本教授はこの現状を前提に加工品食品のコストと利益構成の分析を進めることにしました。加工食品は、原材料費+製造加工費+販売管理費が食品製造品出荷額となり、メーカー出荷価格になります。そして小売店はマージンを乗せて販売価格として私たちが購入しています。
この製造加工費+販売管理費を「付加価値価格」と言い、この付加価値価格を付けることで経済的利益が発生します。秋田県の食品製造品出荷額を上げるためには付加価値を付けて加工し、出荷することが重要なのです。
池本教授はこの付加価値に着目し、食品の健康機能や地域との関連性、マーケティングの工夫、さらに秋田ブランド化となるよう様々な秋田県の地域食資源をテーマとしています。
秋田県大仙市中仙地区の地域食資源ジャンボうさぎ
日本で昔から倫理的に食されてきた肉は鶏肉とうさぎ肉でした。そのため鶏とうさぎを数える時には1羽(わ)、2羽と数えます。牛や豚などのいわゆる四つ足動物が食肉として広まったのは明治維新以降とされています。
大仙市中仙地区では1899年(明治32年)頃、岐阜県から大型うさぎを導入したことから食肉と毛皮に利用されてきました。その後1946年(昭和21年)に「日本白色種秋田改良種」として品種改良されたのが中仙ジャンボうさぎです。
中仙ジャンボうさぎは白い毛並みと10kg以上にも成長するのが特徴で、現在も中仙地区の伝統的な地域食資源として育てられています。また、長年にわたり改良を重ね引き継がれてきたこのジャンボうさぎを後世に残すことと、全国的な普及を図るために「全国ジャンボうさぎフェスティバル」が毎年開催され、大きさや毛並みの美しさを競っています。
地域連携型リサーチプロジェクト
大仙市中仙支所より中仙ジャンボうさぎの地域特産品としての価値向上と活用のための依頼があり、池本教授は金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网3年から自治体と連携して共同研究を行っています。これは「地域連携型リサーチプロジェクト」という金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网教育文化学部が秋田県内の自治体、教育委員会、民間企業、NPO法人等との連携?協力による地域教育への貢献と研究成果の地域社会への還元を目指して調査?実験テーマを公募しているテーマのひとつです。
前述の通り、日本では昔からうさぎを食肉としてきたのですが、愛玩動物を食することに批判や抵抗があるという声があるのも事実だと言います。しかし、うさぎはフランスやスペイン、イタリア、中国でも一般的な食材として広く利用されています。
文化庁の取り組みで日本の多様な食文化の継承と振興の機運を醸成するために、地域で受け継がれ愛されている食文化を掘り起こし100年継承することを目指す「100年フード宣言」の取り組みがあります。中仙ジャンボうさぎは秋田の地域資源で代表的な特産品として認定されました。そこで池本教授は中仙ジャンボうさぎの食用肉としての機能食品の特性調査を行いました。
中仙ジャンボうさぎの付加価値向上と特産品としての活用
脂肪酸の種類による食用油脂に分類
中仙ジャンボうさぎの基本栄養成分はタンパク質と脂質、ビタミンB群やミネラルです。これは他の食肉と比べても成分的にほとんど同じです。食感は鶏肉のようでクセがなく、ヘルシーでアレルギー体質の方でも安心して食すことができます。与える飼料によって脂質が変わることから、池本教授は脂質含量や脂肪酸組成に焦点を当てて更に研究を進めました。
すると中仙ジャンボうさぎに含まれる脂質のα-リノレン酸が鶏肉より5倍以上多いことがわかりました。α-リノレン酸はオメガ3系脂肪酸のひとつで、生活習慣病を防ぐ効果や炎症、血栓疾患、アレルギーの予防や美容にも効果がある必須脂肪酸として知られています。脂質にはオメガ6系脂肪酸のリノール酸(コーン油や大豆油)γ-リノレン酸(発酵油)、アラキドン酸(肉系)とオメガ3系脂肪酸のα-リノレン酸(エゴマ油、アマニ油)、EPA(魚介類、海藻類)、DHA(青魚)があります。食生活の欧米化に伴い、オメガ6系脂肪酸の摂取量の増加によって生活習慣病が促進されると言われています。しかし、オメガ3系脂肪酸を摂取することで抑制されるという関係があります。
うさぎ肉の脂質分析
昔から東北地方ではエゴマを食べる習慣がありました。秋田県でもエゴマを栽培しエゴマ油を製造している企業があります。エゴマ油の搾りカスは廃棄されるため、池本教授はその企業からエゴマ油の製造後に出る搾りカスを中仙ジャンボうさぎの飼料に混ぜて利用することを考えました。
うさぎの飼料はコーンや大豆をベースとするオメガ6系脂肪酸で、牛に与える飼料と同じです。前述の通り脂質は飼料によって変化することから、より多くのα-リノレン酸が含まれているエゴマ油の搾りカスを与えることでα-リノレン酸が高められることを期待したのだそうです。
池本教授はエゴマ油の搾りカスを30%添加した飼料をジャンボうさぎに2週間~3ヶ月間与え脂質成分を抽出分析し、脂肪酸組成の測定を行いました。その結果α-リノレン酸は2ヶ月の間に2.5%から6%に急上昇し、EPA、DHAがともに増加しているのがわかりました。こうしてエゴマ搾りカスを添加飼料することで魚のようにオメガ3系脂肪酸を多く含むうさぎ肉の付加価値をより高めることとなったのです。そして池本教授は、地域特産品中仙ジャンボうさぎの商品化やメニュー開発にも取り組んでいきます。
多種職連携による中仙ジャンボうさぎの認知度向上
馬肉をさくら肉、猪肉はぼたん肉、うさぎ肉を月夜(げつよ)と呼びます。池本教授は、α-リノレン酸の含有率を高めた地域ブランドのジャンボうさぎを「中仙月夜」と名付け、新名物にする取り組みを進めています。これは飼育者によって組織される「中仙地域総合畜産振興会小家畜部会」と地域の飲食店が加盟する「中仙料飲店組合」、そして金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网との産官学民の取り組みとなっています。
この取り組みでは、これまで金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网生が考案した「中仙月夜味噌(肉味噌)」や「うさぎ串カツ」「うさトマ?ファルシ(トマトをくり抜いて中にうさぎ肉を詰めたもの)」を開発しました。独自性のあるメニューなので地域外からの集客も期待しているそうです。「ぜひ中仙地域に来て味わってほしい」と池本教授は言います。
しかし同時に池本教授は飼育農家の減少を危惧しています。かつて中仙地域では16万羽ものジャンボうさぎが飼育されていましたが、近年は飼育農家が8戸と減少して羽数も100羽程に減少し、個体の継承が危ぶまれているのです。これには血縁繁殖の影響で繁殖しづらくなったという問題もあるといいます。
また、高齢化や後継者不足、食肉としての一般化が薄れたことも原因とされています。収入に繋がらずに主に品評会に出品するための飼育を辞める農家が増えている反面、地域の伝統を守り、付加価値のあるジャンボうさぎと羊を飼育するために牧場を立ち上げた若者もいます。
「行政が飼育方法や流通、物販体制の整備を担うように動いていますが、産学官連携から農商工連携への展開を目指し、活動全体をこれからもコーディネートしていきたい」と池本教授は語ります。
アケビ種子油復活プロジェクト
秋田におけるアケビ油の歴史
秋田県の地域食資源を活用した池本教授の研究に「アケビ」に関する研究があります。アケビは日本全国で自生している落葉つる系の植物で、秋の味覚として親しまれています。紫色の果皮で中にゼリー状の白く甘い果肉があります。果肉にはたくさんの黒い種子が含まれていて、つるはカゴなどのつる細工にも利用されています。しかし最近は自生品が減少し、東北地方の特産品として栽培されています。
全国生産量は山形県に次いで秋田県が多く、池本教授のアケビのどこを食べるかというアンケートでは山形県で90%、秋田県は30%の人が果皮も食べ、ほとんどの県の人が苦みのある独特な味の果皮は食べないという結果が出ました。さらに、秋田県のみ種子からアケビ油を作っているということもわかりました。そのようなアケビに興味を持った池本教授は、秋田におけるアケビ油の歴史と成分の分析を試みました。
アケビ油成分から新たな発見
秋田県仙北市西木地区では江戸時代から明治にかけてアケビの種子から搾ったアケビ油を作り、高級食用油として京や江戸の料亭、寺院に販売していたそうです。このアケビ油は「食用油の王様」とも称されていましたが、昭和初期に安価な食用油が流通したこともあり、製作に手間がかかるアケビ油は次第に途絶えてしまったのです。
池本教授の成分分析によると通常の食用油は1つのグリセロールに3つの脂肪酸が付いたトリアシルグリセロール(TG)がほとんどだといいます。しかし、アケビ油は1つのグリセロールに2つの脂肪酸と酢酸(アセチル基)が含有された新規の油脂であることを発見したのです。このような成分の油脂は他になく、この油脂を1,2-ジアシルグリセロ-3-アセテート(DAGA)と名付けました。
池本教授は秋田県のみで作られていたアケビ油の効用を調べるために、マウスにアケビ油、混合油、月見草油、シソ油を与え体重と内臓脂肪を比較する検証をしました。その結果、アケビ油のDAGAはリパーゼ(油脂を加水分解する酵素)で分解されにくいため消化吸収が低く、血中中性脂肪が上昇しづらく体脂肪が付きにくいことから、肥満や生活習慣病の予防に適していることが明らかになったのです。
TGとDAGAの消化?
しかし、このアケビ油を生産するにも大規模工場で大量搾取できる分のアケビの種子が足りず、コストが上がってしまうのが難点だといいます。そのため秋田県内の山間部にある耕作放棄地を活用し、アケビ栽培を促進する活動を継続することが重要です。アケビの栽培は手間がかからず、さらに秋田県は栽培に適した気候だそうです。この事業は山間部の荒れ地の有効活用や、高齢者農家の生きがいモデル事業としても期待できると池本教授は言います。
また、アケビの種子だけではなく、果皮や果肉、つるなど全ての部位が活用されないと採算が合わないため、各部位の活用も進めているそうです。県外のアケビ加工食品製造会社と山形県アケビ生産者連絡協議会と連携し、秋田県内にアケビ活用研究会の設立を検討し、生のアケビと果皮の加工品、アケビ油の3商品をバランスよく出荷できることを期待しています。
池本教授は秋田市の民間企業や化粧品メーカーのメナードとの共同で、アケビ油や果皮を利用した健康補助食品、アケビ料理にも参入しています。金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网生によるメニューも手掛け、現在は商品化に向けて検討中です。
食資源豊かな秋田県からナショナルブランドの確立
池本教授が在籍する地域文化学科では、経済学や政治学、社会学を学びながら地域資源の有効活用の分野で食品の成分分析の研究なども行っています。理数教育コースもあり、文系7割、理系3割の文理融合の学部で、卒業後は公務員や民間企業に就職する学生が多くいます。金鲨银鲨_森林舞会游戏-下载|官网から県外に就職した方が全国に世界に秋田をPRすることも社会貢献となり、様々な形で地元の応援に繋がるのです。
「進学や就職等で県外から秋田に来たり、秋田から県外に出たりすると、改めて秋田の食文化の特徴を知ることもあるのではないでしょうか。地元では当たり前のように食べているものでも、県外では知られていない食材や、地元でしか採れない食材もあります」
池本教授も秋田に赴任して初めて見る山菜などがあったと言います。食文化は地域によって違いがあり、研究するきっかけにもなったという池本教授。さらに、誰も研究していなかったものには成分分析すると意外な発見があったりすると続けます。
秋田県は食資源が豊富で、ほとんどが自給可能です。しかし、ナショナルブランドとなる商品が少ないのは食品生産力が低いからという現状があります。池本教授は秋田県にしかない地域食資源を活用してナショナルブランドにとるような開発研究を目指しています。そのためには
1.「もの」の価値の確立として美味しさと成分機能があるもの、2.地域との関連性や人々の愛着がありストーリーがあるもの、3.パッケージやデザイン、マーケティングなどの売り方の工夫、4.消費者の信頼を裏切らないブランド管理
これらの要件を満たすべきだと池本教授は言います。日本脂質栄養学会の理事でもある池本教授は、薬学部出身の経歴から産官学、農商工連携で大学として有効成分とその健康機能を研究によって明確化し、さらに付加価値の高い加工食品開発による商品開発に取り組んでいます。その研究は私たちの健康や地域の活性化にも繋がり、いつかオンリーワンの欠かせない商品となるよう、今日も研究に励んでいます。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです